長野地方裁判所佐久支部 平成7年(モ)64号 決定 1995年9月20日
《住所略》
申立人(被告)
石塚巖
《住所略》
申立人(被告)
幸正智
右申立人ら訴訟代理人弁護士
大江忠
同
大山政之
《住所略》
相手方(原告)
高橋信
右訴訟代理人弁護士
村本道夫
同
濱田弘幸
同
本田一則
同
水澤恒男
主文
原告は、平成7年ワ第29号取締役の責任追及請求事件の訴え提起の担保として、この決定送達の日から14日以内に、被告ら各自についてそれぞれ800万円を供託せよ。
理由
第一 申立ての趣旨
原告は、被告らに対し、相当の担保を提供せよ。
第二 事案の概要
1 本件本案訴訟は、ミネベア株式会社(資本の額636億8154万6488円、発行済株式3億8882万4616株。以下単に「ミネベア」と言う)の発行済株式1000株を有する原告が、同社の代表取締役である被告石塚巖及び同社の取締役である被告幸正智に対し、同社に各自金180億円及び遅延損害金の賠償をすることを求めた株主代表訴訟である。その請求原因の骨子は次のとおりである。
(一) 被告石塚が代表取締役、被告幸が取締役を務めるミネベア信販株式会社(以下「ミネベア信販」と言う)は、平成5年6月30日及び平成6年3月31日に、それぞれ2250万株の新株を発行し、これをミネベアに全部割当て、その結果ミネベアはそれぞれ90億円、合計180億円の払込みをした。
(二) 右は、被告らがミネベアの取締役会において「ミネベア信販の再建にもうすぐめどがつく。」と述べて、将来的には右払込金の回収が可能であり、かつそれまでミネベアがミネベア信販のためにしていた債務保証についても保証債務の履行を迫られることはないかのように説明をしたために決議され実現したものである。
(三) しかし、ミネベア信販は、その後平成6年9月頃にその信販事業の大部分をゲートファイナンス株式会社に営業譲渡し、不動産担保融資部門の債権約460億円とそれに対応する借入金のみが残されたが、右債権のうち約230億円は回収不能であって、ミネベアの右出資金180億円は全く無価値なものとなっており、ミネベアは少なくともこの額の損害を被っている。
(四) 被告らは、ミネベア信販の代表取締役や取締役として、その経営上の不手際から同社に数百億円の損失をもたらしながら、その事情を隠したままミネベアに責任転嫁しようとして、同社にミネベア信販の債務保証をさせたり、右(一)の増資引受をさせたりしたもので、ミネベアの取締役としての任務に違反するのは明らかである。そこで被告らに対し、出資金180億円をミネベアに賠償することを求める。
2 これに対する被告らの主張の要旨は次のとおりである。
(一) バブル経済が崩壊し、地価下落を原因とする担保不動産の評価減少による担保不足等の発生により、金融機関一般に貸付債権の回収問題が発生することとなった。そして、ミネベア信販に融資を行っていた金融各機関は、同社に厳しい返済要請をなすと共に、親会社であるミネベアに対しても債務の保証をするよう迫った。こうした情勢の中で、もしミネベアが保証を行わなければ、各金融機関が一斉にミネベア信販に対する融資を引き上げてしまう可能性が大きく、そうすれば同社の事業の継続は困難になり、また、子会社救済を怠ったミネベアを始めミネベアグループ全体の金融機関に対する信用状況にも重大な影響を及ぼす恐れがあった。
(二) ミネベアのミネベア信販に対する各保証の実行は、こうした状況を踏まえ、必要に応じてミネベア信販から経営全般について報告を受けた上、その都度取締役会で適法に審議し決議したものである。右決議にあたっては、財務担当取締役の三枝経理財務本部長がミネベア信販の状況及びこれに対する保証の必要性について報告し、ミネベア信販の取締役を兼務する被告両名は右保証決議には参加していない。
(三) 増資引受についても同様の事情がある。即ち、経済情勢の全般的低下に伴い、ミネベア信販の営業債権に平成4年9月末現在で約180億円の含み損が発生していたことから、同社の取引先各金融機関は、新規融資及びそれまでの融資の維持に消極的となり、ミネベアに対して、より具体的な子会社の支援策をとるよう要請して来た。増資の引受は、右要請に応じてミネベア信販の自己資本を充実させるためになされたものである。平成5年6月25日開催の取締役会において、三枝経理本部長からその必要性についての報告がなされ、右増資引受の決議がなされたが、被告らは保証の際と同様右決議には参加していない。
(四) ミネベア信販の営業譲渡により、売却代金が借入金返済に充当された結果、同社の財務体質は大幅に改善されており、ミネベアに損害は発生していない。
(五) 増資引受を決議したミネベアの取締役会で、被告らが右1(二)のような説明をした事実はない。
3 当裁判所の判断
(一) 疎明資料によると、被告らの主張する前記第二2の(一)ないし(三)及び(五)の事実を認めることができる。ミネベア信販は、その商号にミネベアと同一の名称を冠する同社の子会社であり、金融機関の支援要請を拒否すれば、ミネベア自体の信用の失墜を招来することは明白である。当時多くの企業が系列グループ内のいわゆるノンバンク等への支援・救済を迫られていたのであり、ミネベアのミネベア信販に対する増資引受やそれに先立つ保証もその一環であると認められ、他企業の場合と同様、これに応じて支援を決めたミネベアの取締役らに、取締役としての任務違反の責任が認められる可能性は低いと言わなければならない。
(二) また、そもそも、本件訴訟においては、被告らの具体的にどのような行為が取締役としての責任を発生させるというのか、必ずしも明確ではない。原告の問題とする直接の行為は180億円の増資引受であるが、疎明資料によれば増資引受をしたミネベアの取締役会決議には被告らは参加していないことが認められる。この点は保証についても同様である。もっとも、決議に直接参加しなくとも、被告らがその立場を利用し、取締役らに指示や説得をして決議をなさしめるということも考えられないではない。この点につき原告は訴状において、被告らが増資引受を決めた取締役会において「ミネベア信販の再建にもうすぐめどがつく。」と述べて将来的には払込金の回収が可能であり、ミネベアが保証責任の履行を迫られることはないかのように説明をしたとしているので、そのような形で右決議をさせたとの主張をするようにも見受けられるが、疎明資料からはそのような事実は何らうかがわれない。原告自身、後に担保提供事件の審理における準備書面で、取締役会の席上で被告らが口頭でそのように説明をしたわけではなかったかも知れないとしたうえで、適正な説明をせずに「ミネベア信販の現状と今後」と題する書面(疎乙5号証)を取締役会に提出させ、三枝取締役にこれに基づく説明をさせたことが、右の行為をなしたということになると述べるに至ったが、これも具体性のある主張とは言えない。それに、前述のとおり、この増資引受は、むしろ、各金融機関が当時広く行っていた系列ノンバンク支援要請を他の多くの企業同様受け入れざるを得なかった結果であったと認められるのであり、被告らが右のような説明をしてことさらに取締役会における増資引受決議をさせたとの趣旨の原告の主張について、今後有効に立証がなされる見込みは乏しいと考えられる。
また保証に関しては、原告は、被告らがミネベアの代表取締役会長や専務取締役財務本部長・業務本部長として力をふるっていることを背景として、ミネベア信販の経営状況について十分説明することもなく、強引に次々と保証の承認をさせたとの主張もしているが、この主張にも具体性がないことは明らかである。
(三) 原告はさらに、ミネベア信販の経営者として、同社に多額の不良債権を発生させ経営危機に陥れたことに多大な責任があるのに、自ら経営改善のための合理化等の努力や、金融機関との間で金利の減免・支払延期等の交渉に精力を注ぐことを怠ったまま、ミネベアに責任を転嫁して同社の保証や増資引受に頼ったとの主張もする。これは要するに、ミネベアからの支援を受ける原因となったミネベア信販の経営悪化の責任が被告らの経営方法にあるとし、かつ、ミネベアに救済を頼る前に自助努力する余地と必要があったのにそれを怠ったということを問題としているものである。しかし、企業の経営悪化について取締役の法的責任を問うことは、経営判断の裁量の問題もあって、それ自体一般には極めて困難であると思われるばかりか、そのことについて、その取締役が親会社の取締役を兼務していることを根拠に、親会社が救済した原因を作ったとして、親会社の取締役としての責任を追及するのは、いっそう難しいことと言わなければならない。
4 以上によると、増資引受によりミネベアに損害が発生したか否かなどその余の問題点につき判断するまでもなく、本件代表訴訟は、原告の主張が十分な事実的、法律的根拠を有しないため、被告らの責任が認められる可能性が低く、かつ、原告の主観的意図にかかわらず、通常人であれば容易にそのことを知り得たと言うべきである。したがって原告の本件代表訴訟の提起については悪意を推認することができる。
原告に供託させるべき担保の額については、被告らが応訴により受ける弁護士費用ほかの諸費用、経済的及び精神的負担、原告の悪意の程度等諸般の事情を考慮して、被告ら1名につき金800万円と認めるのが相当である。
(裁判官 林正宏)
●申立人(被告)の「準備書面」(平成7年8月28日付)
平成7年(モ)第64号担保提供申立事件
申立人(被告) 石塚巖
ほか1名
相手方(原告) 高橋信
平成7年8月28日
右申立人(原告)両名訴訟代理人
弁護士 大江忠
同 大山政之
長野地方裁判所佐久支部民事部 御中
準備書面
第一 相手方(原告)の悪意
申立人(本案被告)両名(以下「被告両名」という。)は、すでに本件担保提供申立書3頁以下において、いわゆる東海銀行事件の抗告審(名古屋高決平成7年3月8日商事法務132号83頁)の判断を引用して、相手方(本案原告。以下単に「原告」という。)が商法267条6項の悪意をもって被告両名に対して代表訴訟を提起したものであることを主張した。本準備書面では、さらに東海銀行事件以外の代表訴訟担保決定例の判断基準によっても、なお原告に商法267条6項の悪意が認められることを主張する。
一 東京地裁および名古屋地裁の各担保提供決定が示した判断基準
東京地裁は、これまで蛇の目ミシン工業事件(平成6年7月22日決定商事法務125号184頁)、三愛事件(同年10月12日決定商事法務130号99頁)、三井物産事件(同年11月30日決定商事法務131号89頁)、中村屋事件(平成7年2月21日決定商事法務134号93頁)について、いずれも代表訴訟原告に担保の提供を命ずる決定をした。これら決定例によると、株主代表訴訟の提起がいわゆる不当訴訟を構成する可能性が高い場合、担保の提供を命ずることができるとし、具体的には(1)<1>請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があって、主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、<2>請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは<3>被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合において、(2)原告がそうした事情を認識しつつ敢えて訴えを提起した場合等に、「悪意」に基づく提訴として担保提供を命じ得るとされている。
また、名古屋地裁は、中部電力事件において、商法267条6項の「悪意ニ出デタ」とは、「原告株主の主張する権利または法律関係が事実的・法律的根拠を欠くものである場合」であり、その例として東京地裁が示した右の<1>ないし<3>の場合を挙げるほか、「提訴者が代表訴訟を手段として不法な利益を得たり、会社や取締役等に対していやがらせをするなどの不法不当な目的を有するとき」には、裁判所は、不当訴訟である可能性について具体的な疎明がない場合であっても担保提供を命じ得る旨を判示した(名古屋地決平成7年2月28日商事法務132号54頁)。
本件では、原告は被告両名に対し、事実的・法律的根拠を欠く主張に基づいて金180億円の損害賠償の請求をしているものというべきであり、<1>主張自体失当、<2>請求原因の立証見込みの低さ、<3>不法不当目的のいずれの点からしても、原告には商法267条6項の悪意が認められるものである。
二 請求原因が失当であること
1 「再建型支援・救済」としての保証および増資引受
原告は、平成7年6月15日準備書面でミネベア株式会社(以下「ミネベア」という。)による右の保証および増資引受をもって、甲3にいう「整理型支援・救済」に近い事案である旨主張するが失当である。
原告が被告両名の義務違反があったと主張する平成4年当時およびそれ以降、いわゆるバブル経済の崩壊に伴い、不動産関連融資を中心として巨額の不良債権・回収不能債権が発生したため、多くの企業が危機に瀕したグループ内のノンバンク等への支援・救済を含む大胆なリストラを迫られていたことは公知の事実である(なお、甲3の16頁冒頭参照。以下、甲3を「本件論文」という。)。このような状況下で、親会社のミネベアは子会社たるミネベア信販株式会社(以下「ミネベア信販」という。)の金融機関に対する債務について保証をし、また、ミネベア信販の営業債権の回収不能見込み額に相当する金180億円について金融機関の要請に応じて増資引受を行った。右の保証及び増資引受は、企業取引の常識に照らせば、正に子会社再建を目的として採った救済策にほかならず、保証も増資引受もその性質からして会社整理を目的とする取引行為ではない(日経新聞の記事も、債務保証と増資引受をしてきたことは経営再建の支援ととらえている。乙8)。本件論文は、親会社による子会社の支援・救済として「再建型支援・救済」と「整理型支援・救済」の二つに分類しているが、「再建型支援・救済」とは、経営危機に陥った子会社等を再建させるための行為をいい、他方「整理型支援・救済」とは、再建の見込みがなくなった子会社等を清算・整理するにあたって親会社の負担で子会社等の取引先・従業員等を救済しつつ清算・整理を滞りなく行わせることと定義する(甲3の17頁下段)。つまり、両類型は、親会社が支援・救済するに当たって、再建の見込みや目的が存在したかそれとも再建の見込みがないとの前提の下に円滑な清算・整理を目的としたかで区別されるのである(乙21)。ところが、原告は、問題とする平成4年当時から本件増資引受の取締役会決議がなされた平成5年6月当時にかけて、子会社のミネベア信販に再建の見込みがなかったことを基礎づける合理的な主張や、親会社に保証および増資引受にあたって子会社を清算ないし整理する目的であったことを基礎づける合理的な主張を一切行っていない。もちろん、事実関係からしても行いえないのである。むしろ、事実は親会社による保証と増資引受によって、ミネベア信販は金融機関からの貸付金の引揚げを食い止めて、危機に陥ったミネベア信販の倒産を回避し再建に寄与したのである(乙20)。しかも本件論文によると、「再建型支援・救済」の具体例として、担保・保証の提供や第三者割当増資の引受を挙げており、同論文からは明らかにミネベアによる保証および増資引受は「再建型支援・救済」と位置づけられるとの結論が導かれるほか(甲3の18頁上段)、本件論文の筆者である手塚裕之弁護士自身も被告両名代理人の質問に対し、本件の保証および増資引受は「再建型支援・救済」にあたると指摘している(乙21)。
よって、ミネベアによる保証および増資引受を「整理型支援・救済」と位置づけた原告の平成7年6月15日付準備書面は、誤った前提において主張を展開しており失当である。
2 保証および増資引受の合理性
親会社のミネベアは、再建を目的として保証および増資引受により子会社のミネベア信販の救済支援を行ったが、右保証および増資引受は詳細な証拠判断をするまでもなく、当時ノンバンクが置かれていた公知の事実状況と、原告の主張自体からしても、ミネベアとミネベア・グループにとって利益ある合理的な行為であることは明らかである。
(一) 商号の共通
本件のように救済支援の対象となる子会社に、親会社の社名である「ミネベア」が使われている場合には、再建のために保証や増資引受などの子会社の救済支援を行うには一般的に高い合理性が認められる(本件論文18頁)。すなわち、経済社会の実態からすると、ミネベア信販の取引先等の債権者は、親会社であるミネベアの信用を考慮してミネベア信販との取引を行うものであり、もしミネベア信販が危機に瀕したときにはミネベアが親会社として責任ある行動をとることを期待して取引を行っているのである。つまり、同じミネベア・グループの一員であることを対外的に表示していながら、ミネベア信販が危機に瀕したにもかかわらずミネベアが救済措置を採らずに放置することになれば、ミネベアとミネベア・グループ全体に重大な信用低下が生じるのである。
(二) 取引銀行の共通
ミネベアの主要取引銀行は、株式会社日本長期信用銀行(以下「長銀」という。)と株式会社住友信託銀行(以下「住信」という。)であるが、右2行は、ミネベア信販の主要取引銀行でもある。また、主要取引銀行以外でもミネベアとミネベア信販とは取引銀行の多数が共通している(乙20の11頁)。このように取引銀行が共通する場合において、銀行が親会社に保証を求めたにもかかわらず、親会社が保証を拒否し子会社の救済をしないとなると、当該銀行と今後は取引しない覚悟が必要となる。のみならず、その他の銀行においても、子会社救済を拒否するような親会社に対し融資を行うことは予想しにくい(本件論文19頁)。銀行から増資引受を求められた場合に、ミネベアがこれを拒否して子会社再建の支援をしない場合も同様である。ミネベアが金融機関から金融を得られなくなった場合、ミネベアとミネベア・グループが致命的な打撃を被ることは容易に知られるところである。
なお、原告が平成7年6月15日付準備書面10頁で、ミネベア信販は「ミネベア本体の業務と全く関係なく、共通する取引先もない。」と主張するが、資金供給源の取引先として最も重要である取引金融機関に関しミネベアとミネベア信販とは多数共通しており(乙21)、原告の右主張はこの点全く事実に反する。また、親会社と子会社との間の業務関連性は、そもそも救済の合理性を判断する際に考慮すべき要素ではない(甲3の29頁)。
(三) 親会社の子会社に対する出資金の無価値化等
ミネベアは、平成5年6月の増資引受直前の状態で実質的にミネベア信販の約67パーセントの株式を保有する大株主であるが、原告もこのことについては明らかに争っていない。ミネベアが金融機関からの要請を拒否してミネベア信販の救済をせず倒産させた場合、ミネベアのミネベア信販に対する出資金は無価値になり、ミネベアに直接的な損害が発生する。したがって、ミネベア信販が危機的な状況にある場合、大株主の立場にあるミネベアは、金融機関からの要請に従って保証を行い、ミネベア信販の倒産を回避することには相当な理由があるというべきである(本件論文18頁)。
また、ミネベアは金融機関から増資引受を求められた場合、右の要請を拒否してミネベア信販を倒産させると、主債務者のミネベア信販から融資金を回収できない金融機関は、ミネベアに対し保証債務の履行を求めてくることになるが、ミネベアは、保証債務を履行しても倒産したミネベア信販に対しては求償の実現が困難となる。そのためミネベアには、その損害を回避するためにも金融機関からの要請に従って増資引受を行う必要があったといえるのである。
3 保証および増資引受に関する取締役会決議の適法性
被告両名は、ミネベア信販の役員を兼務していたことから、保証および増資引受に関する取締役会決議には参加しておらず、利益相反関係にない多数の取締役によって決議がなされているが、この点は、原告も明らかに争っていない。
4 原告は、「ミネベア信販の経営上の不手際から同社に数百億円の損失をもたらしながら、その事情を隠したままミネベアの取締役会で保証および増資引受を可決承認させたことをもって、被告両名がミネベアの任務に違反する」旨主張するが、右の主張から知られるように原告が被告両名の義務違反として主張する内容は極めて曖昧である。これに加えて、右1項から3項にかけて指摘したところを併せて考えるならば、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点が存在するというべきである。
三 請求原因立証の見込みの低さ
1 損害
(一) 損害の不存在
原告は、ミネベアが増資引受で払い込んだ金180億円は全く無価値になり、ミネベアは右同額の損害を被った旨主張するが、ミネベアはそのような損害を被っていない。したがって、原告がミネベアの右損害を立証するのは事実問題として不可能というべきである。
ミネベアは、債務の保証、増資引受および一部営業譲渡という一連の措置により、ミネベア信販の財政状態は大幅に改善された(乙7ないし10の2)。すなわち、ゲート・ファイナンス株式会社(以下「ゲート・ファイナンス」という。)への営業譲渡により、ミネベア信販の借入残高は、営業譲渡代金の入金直前の平成6年11月時点で約金1596億2800万円だったのが、平成7年5月末では約金380億円にまで借入残高が減縮された。ミネベア信販の体質が改善して金融機関に対する信用も上向き、現在でもなお平成5年2月の中期計画は維持され、金融機関はミネベア信販に対し融資金の返済を求めてくることをしていない。また、ミネベアの保証債務額もミネベア信販の借入残高の減縮に伴って減少したが、金融機関からの信用が回復してきた結果、金融機関が保証人であるミネベアに保証債務の履行を迫るというような事態もない。しかも、ミネベアのミネベア信販に対する金180億円の出資分は簿価のまま現存する。その上、ミネベアはミネベア信販に対する保証債務の求償権の放棄や免除も行っていないし、そのようなことの要請される状況にもない(乙20の28頁、29頁)。
以上のとおり、ミネベアによる一連の措置でミネベアは倒産を回避し子会社救済に成功しており、ミネベアが増資引受で出資した金180億円は無価値になっていない。
よって、保証、増資引受および営業譲渡の一連行為によりミネベアに損害が発生していない以上、請求原因の義務違反の立証見込みを検討するまでもなく、請求原因の損害の立証見込みが低いと予測すべき顕著な事由があり、原告の損害賠償の本案請求が棄却となる蓋然性は極めて高いと解される。
(二) 救済の成否と被告両名の義務違反の関係
再建型の救済で取締役の責任が問題となり得るのは、基本的には再建策が失敗した場合に限られる(乙21)。
また、子会社救済の成否が明らかでない段階では、救済により親会社が得るメリットに比べて親会社の受ける損失があまりに過大で不合理であることが明らかな場合以外は、救済の成否の可能性を推測的に評価して当該救済行為自体を善管注意義務・忠実義務違反と評価すべきではなく、当該救済行為自体は取締役ないし取締役会の裁量の問題と考えるべきものである(本件論文26頁上段)。
本件の場合、子会社救済が失敗したとか、その成否が明らかでないというケースではなく、むしろ前項(損害の不存在)において指摘したように、子会社救済に成功し親会社および企業グループの信用を向上させた事例である。そうであれば、本件では救済に成功したということだけで、被告両名が関与した救済行為が保証であれ増資引受であれ、被告両名の義務違反があるとは評価すべきでない事案になるというべきである。
2 経営判断の合理性
野村証券損失補填事件に関する東京地裁判決(平成5年9月16日言渡)の判断基準に従って、被告両名が善管注意義務または忠実義務に違反するかどうかを検討しても、担保提供申立書8頁以下で既に主張したところであるが、事実の認識と意思決定過程の両面からして被告両名の経営判断には合理性があったというべきである。
念のため以下の点を補足する。
(一) 事実の認識
(1) バブル経済の崩壊し、平成4年当時は不動産の地価下落や景気低迷などの外在的要因によりミネベア信販などのノンバンクでは貸付債権の回収の困難化という問題が表面化しており、これは被告両名のみならず広く認識されていた公知の事実である。またミネベアの子会社で、巨額の設備投資を必要としてミネベア・グループにとって負担になっていた株式会社エヌエムビーセミコンダクターを売却したことにより、ミネベア・グループの金融機関に対する信用が低下していたことも、ミネベア関係者にとっては周知の事実である(乙20の3頁)。
(2) ミネベアは、金融機関からの保証要請に対し、原告の主張するように無条件に応じたものではない。
ミネベア信販からミネベアに保証依頼がなされるまでには、ミネベア信販も金融機関と交渉し、ミネベアの保証がなくても新規融資を受けまたは融資の維持が可能となるよう努力したが、当時は単なる信用貸では大蔵省の金融機関に対する検査が通過しなかったこと、大蔵省は、対ノンバンク融資の債権保全強化を金融機関に要請しており、ミネベアによる保証が避けられなかったことなどの事情があった(乙20の4頁、12頁、13頁)。また、ミネベアによるミネベア信販支援策として保証だけでは金融機関の納得を得にくくなり、親会社としての姿勢を対外的に示すためには、金融機関からの要請に従いミネベア信販の営業債権のうち回収困難と見込まれる金額に相当する金額につき増資引受を行い、ミネベア信販の自己資本を充実させる必要があった(乙20の10頁)。
これらの事実を含め保証と増資引受を行う前提事実及びその必要性に関しては、被告両名とも稟議や検討・報告会等により十分認識していたところであり、事実の認識に誤りはない。
(二) 意思決定過程
ミネベアが保証と増資引受を行うに当たっては、被告両名が独断専行したわけのものではなく、社内稟議、その他ミネベア信販との検討・報告会で十分検討され、これを踏まえてミネベアの取締役会はいずれも承認可決している(乙20の12頁ないし22頁)。したがって、保証と増資引受を決定する手続過程に通常の企業人として著しく不合理なところは一切ない。
(三) 原告主張事実の失当性
原告は、「被告両名がミネベア信販の代表取締役や取締役としてその経営上の不手際から同社に数億円の損害をもたらしながら、その事情を隠したままミネベアに責任を転嫁しようとしてミネベアの取締役会において保証と増資引受の決議をさせた」旨主張するが、右(一)および(二)から明らかなように、これは証拠に基づかない主張であり事実に反する。
四 代表訴訟提起の「悪意」性
以上一ないし三において詳述した通り、原告の主張する被告両名の責任及びミネベアの損害発生は原告の独自の見解に基づくものというべきである。平成4年頃からのノンバンクを巡る経済環境の下、親会社が危機に瀕した子会社救済のため保証や増資引受を行ったことが合理性ある行為であることは疑いを容れず、この点は原告の主張そのものの評価に帰する事由であるから、本件は原告の悪意を認めるべき場合である(前掲東京地裁平成6年11月30日決定)。しかも、原告が主張するミネベアの金180億円の損害発生その他の事実についても立証の見込みが低く、かつ、右損害等の立証の見込みに関する評価は主として原告の主張事実自体から導かれるものであるから、立証の見込みが低いと予測すべき事由が存在することにつき原告の認識がある(前掲東京地裁平成6年10月12日決定)。
よって、原告が右のような事情を認識しつつ敢えて本件代表訴訟を提起したものというべきである。
五 提訴の不法不当目的
原告には、次のような事実が認められ、本件代表訴訟の提起には不法不当な目的があったと評価しうる。
1 原告はミネベアの株式を平成3年9月に購入したが、その株式数は1000株(1単位)であり、代表訴訟提訴権者として適格が認められる最低数の株しか保有していない。そのため、代表訴訟提起を目的として株式を取得した可能性がある(乙22の116頁)。
2 原告はミネベアの取締役やその他の職員でもない。そのため、ミネベアの社内稟議、検討・報告会並びに取締役会に参加したこともなく、主に伝聞によって被告両名の義務違反の主張を行っていると考えざるを得ない。
3 その結果、原告の本件代表訴訟における主張は、これまでの被告両名からの反論及び疎明証拠によって大きく事実と異なっていることが明らかになっている。
4 しかも、原告は、代表訴訟の請求金額についても金180億円という被告両名にとって支払い不可能な金額であることを選択をしているが、その根拠はすでに指摘したとおり、ミネベアの増資引受金額によっているにとどまる。
5 原告は、平成に入って被告石塚巖、ミネベア監査役市川光雄氏、同取締役竹内留四郎氏、同取締役新井保男氏、同取締役平尾明洋氏らに対し、原告の名刺裏に書き込んだ乙14ないし乙18の各私信を交付しているが、これらの記載は現経営陣に対する経営手腕に関係しない感情が伺えるものである。
第二 担保額
本件において、原告に提供を命じられるべき担保金額は、提訴によって被告両名が被る損害額のほか、代表訴訟が不当訴訟となる蓋然性の程度、原告の悪意の態様及び程度、悪意にかかる請求が当該訴え全体の中で占める位置その他諸般の事情を総合的に考慮して(前掲東京地裁平成6年7月22日決定、同平成7年2月21日決定ほか)、被告1名につき金1億8000万円、総額金3億6000万円と決定されるのが相当である。
一 被告両名の損害
1 被告両名は、原告から本件訴訟の提起をされ、これに応訴するために被告両名訴訟代理人らに訴訟代理を委任することを余儀なくされた。このため、被告らは、第一審の弁護士報酬に関し訴訟代理人らに着手金として各金200万円の計金400万円を既に支払ったほか、報酬金として各1000万円の計金2000万円及び訴訟費用等事件処理に必要な諸費用(これには訴訟代理人の支出した調査費、記録謄写費用、通信費用、書面作成費用、交通費等の実費が含まれる。)を支払うことを訴訟代理人に約している(乙11、乙12)。
ただし、右の弁護士報酬は第一審についてのみの合意をしたものであり、本件代表訴訟が上告審まで係属するとなると訴訟遂行に要する弁護士費用は乙11の金額にとどまらない(ちなみに、日本弁護士連合会報酬等規程に従った着手金及び報酬は、事件の対象となった経済的利益の価額が金180億円の場合、標準額が各金4億1184万5000円であり、同規程に基づく増減許容限度は最低金2億8829万1500円から最高金5億3539万8500円とされている)。
また、被告両名はそれぞれミネベアの会長及び副社長の地位にあるが、金180億円もの巨額を請求する本件代表訴訟が提起されたことによって被告両名はその対応のため、貴重な労力と時間を大幅に浪費し、被告らの業務の遂行に重大な支障が生じている。
2 原告が東京証券取引所において大々的に記者会見を行ったため、被告両名に対する金180億円もの賠償を求める裁判が提起されたことが新聞等によって広く報道されるところとなり(乙13)、更に「月刊取締役の法務」誌1995年5月号誌上に本件訴訟に関する原告のインタビュー記事が掲載され同誌上で原告により一方的な主張が行われた(乙22)。このため、本案の勝訴判決が確定するまでの間、失墜した社会的な名誉と信用を回復できなくなった。のみならず、被告両名は裁判係属により長期間に亘って心身両面で多大な負担を強いられ、一私人としてもあるいは一経済人としても甚大な精神的打撃を被った。
二 不当訴訟となる蓋然性
前記第一にて詳述した通り、本件訴訟は請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、且つ請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があるにもかかわらず、そうした事情を認識しつつ原告が敢えて提起したものであって、不当訴訟と評価される蓋然性は否定できないというべきである。
三 悪意にかかる請求に占める割合
本件訴訟の請求のうち、原告の悪意に出たものは請求の全部分に及び、一部分に限定されない。従って、請求に占める悪意の割合は100パーセントであり、割合によって減ずべき事案ではない。
四 原告株主に担保提供が命ぜられた近時の株主代表訴訟における本案請求額と担保額の関係についてみると、三井物産事件においては、金30億円の本案請求額に対して、その約4.7パーセントにあたる金1億4100万円の担保提供が命ぜられ、また中部電力事件においては、金60億円の本案請求額に対してその約2.5パーセントにあたる金1億4800万円の担保提供が命じられている。
また、中村屋事件においては、金45億8149万2231円の本案請求額に対してその約0.3パーセントにあたる金1500万円の担保提供が命ぜられ、東海銀行事件においては、抗告審において、金38億5000万円の本案請求額に対して、その約0.2パーセントにあたる金800万円の担保提供を命じられており、更に三愛事件においては金59億4600万円の本案請求額に対してその約0.6パーセントにあたる金3300万円の担保の提供が命じられている。なお、蛇ノ目ミシン工業事件においては、本案請求額金1430億円の事件分については金6000万円、本案請求額金2950億円の事件分については金2億6500万円の担保提供が命じられ、それぞれ請求額の約0.04パーセントと約0.08パーセントにとどまるが、蛇ノ目ミシン工業の二つの事件は本案の請求総額が非常に高額であること及び請求のうち一部分についてのみ担保決定が命じられたものであるという点で特殊なケースである。
五 以上のほか、原告の悪意の態様・程度等諸般の事情を総合的に勘案すれば、単に弁護士費用の範囲にとどめるのは相当でなく、原告に対し、被告1名につき金1億8000万円(主な請求金額の1パーセントに相当する)、総額金3億6000万円の担保提供を命ぜられるのが相当である。
以上
●相手方(原告)の「準備書面」(平成7年8月28日付)
平成7年(ワ)第29号 取締役の責任追及請求事件
平成7年(モ)第64号 担保提供申立事件
申立人(被告) 石塚巖
申立人(被告) 幸正智
相手方(原告) 高橋信
平成7年8月28日
右相手方(原告)訴訟代理人弁護士 村本道夫
同 浜田弘幸
同 本田一則
同 水澤恒男
長野地方裁判所佐久支部 御中
準備書面
第一 被告の平成7年8月28日付準備書面(以下、被告準備書面(二)という)について(なお以下、申立人(被告)は単に被告と、相手方(原告)は単に原告という。)
一 被告の準備書面(二)は、原告が平成7年6月15日付準備書面において指摘した問題点について何一つまともに答えてはおらず、枝葉末節の点、あるいはピントはずれな点について、それこそ独自の見解を滔々と披瀝しているにすぎない。
そこで原告は、以下被告の論述の内容、順序にとらわれることなく、本件で何が問題かをまず主要な3点に絞って論述し、その後その他の論点について簡単に触れることとする。
二 ミネベアに「損害」は生じていないのか
1 ミネベアによる保証及び増資引受によって、被告らが主張するように「ミネベアは倒産を回避し子会社救済に成功しており、ミネベアが増資引受で出資した金180億円は無価値になっていない」(被告準備書面(二)16頁)、「子会社救済に成功し親会社及び企業グループの信用を向上させた事例である」(同準備書面18頁)であるのなら、もちろん原告の請求は失当である。
しかし、ミネベア信販の主要営業部門で、問題が続発していたとはいえ唯一の採算部門であった個品斡旋(割賦売掛金債権)部門をゲート・ファイナンスにすべて営業譲渡すれば、確かにその譲渡代金は借入金の一部返済に充てられるであろうから「借入残高が減縮され」るのは当然としても、残されるのは、膨大な不良債権を抱え、既に新規融資を中止し今後とも営業改善の見込みのない不動産担保融資部門(被告の主張によれば残存債権は約460億円である)と、これに対応する借入金(被告の主張によれば現在では約380億円になったというが、会社四季報1994年秋季号によれば「ミネベア信販の借入残高は約440億円、ミネベアの保証額は約480億円までに減少した」とある)であり、採算部門を売却した以上、今後ミネベア信販の営業状況が改善される可能性は皆無である。そして前記残存債権のうちの約半額は回収不能債権であるから、少なくとも、借入金380億円から残存債権の半額の230億円を控除した150億円については、早晩ミネベアは保証責任を履行せざるを得ず、勿論出資金180億円が返還される可能性はない(なお、出資金180億円のうち資本金に充当されたのは90億円であり、残りの90億円は当初から資本準備金に組み入れられ、償却にあてられたのであり、出資した時点から「無価値化」していた)。
被告らが、真にミネベア信販が「再建」されたというのであれば、ミネベア信販の営業譲渡後の財務諸表を提出し、ミネベアが保証責任の履行を迫られることがなく、180億円が無価値化していないことを疎明するのは容易なことであるのに、それもせずに喋々と抽象論を述べるのに終始しているのは、何よりも右の原告の主張が正しいことを裏付けているものである。
2 ところで原告らはこのようなミネベア信販の財務状況を「再建」と称しているが(因みに、営業所、社員も譲渡しているから、ミネベア信販固有の「営業」はほとんどなくなったはずである)、これはおよそ原告の理解を絶している。
常識的に考えても、営業部門の大半を占め、唯一採算のとれる個品斡旋(割賦売掛金債権)部門を第三者に譲渡し、残された不採算部門は早晩清算するか、ミネベアのグループ会社のどこかが引き取って処理するしかない状況(疎乙第21号証28頁に依れば、ミネベア本体が処理するようである)が、「整理」=「倒産」以外の何だというのであろうか。
なお、被告らはその記載された内容について誰が責任をもつのか全く不明な、疎乙第21号証において、疎甲第3号証の著者が「ミネベアによるミネベア信販の債務保証と増資新株の引受が、ミネベア信販に再建の見込みがあるとの理解の下に、事業継続の目的で金融機関からの融資の維持等のため行われたもので、また株式会社ゲートファイナンスへの営業の一部譲渡が、苦境にあったミネベア信販の財政状態を抜本的に改善する策として実行されたものというのであれば、保証、増資引受及び営業の一部譲渡は、いずれもミネベア信販を再建することを目的としているものと考えられます。そうであれば・・・再建型のケースであり」といったとしているが、この著者がどのような資料に基づいてこのような無責任なことをいっているのか疑問であるが、いずれにしても「そうであれば」という話で、本件について具体的に検討したものではない。
なお、その他疎乙第21号証に書かれていることは、具体的な事実関係を無視した被告らに都合にいい「弁明」としか受け取れないが、いやしくも学術的な論文の著者が、「鑑定」ならいざ知らず、具体的なことも分からずにこのように一方当事者の誘導にのみ基づいて「それらしいことをいう」というのは、ほめられた行為ではないであろう。
3 また、被告らはミネベアによる保証及び増資引受によってミネベア信販が「倒産を回避した」と盛んにいうが、被告らのいう「倒産」の意味が不明である。
ミネベア信販は通常の事業会社のように商業手形を振り出していないであろうから、手形不渡り=倒産ということは考えられないであろうし、債務超過=倒産という意味であれば、ミネベア信販は平成4年段階でとっくに「倒産」していた。
そのようななかで被告らが、平成4年4月以前から、社内の検討を無視し、取締役会に諮ることなく、保証予約や保証を独断で開始したため、結果的にミネベアはミネベア信販に生じた全損害を補填せざるを得ない立場に追い込まれたのであり、全損害が補填されるのであるからミネベア信販は「倒産」のしようがなく、またミネベア信販というよりも同社の債権者がミネベアの負担によって「救済」されたのは事実であるが、正にその当否が問題なのである。
三 ミネベアは、ミネベア信販の保証予約、保証を開始するにあたり、どのような検討をし、手続をなしたのか
1 原告は、平成7年6月15日付準備書面第四項4「保証をする当時の状況」において、
「相手方(原告)が本件において最大の問題であると考えるのは、先にも述べたようにミネベアが平成4年4月頃、ミネベア信販の保証を開始するに際し、どのような検討がなされ、どのような手続きが履践されたかである。
この点、相手方(原告)の調査によれば実際は次のようであった。
ミネベアは、平成4年4月以前にもグループ企業の債務の保証をしていたが、それらは申立人(被告)らの指示によって保証書に記名押印がなされた後で、一括して取締役会の承認を求められていたが、これらは違法であるのでミネベア内に設置された経営の合理化等について調査する委員会であらかじめ保証の是非を検討するということになり、右の委員会からミネベア信販の担当者に対してミネベア信販の経営状況等を検討をするために必要な資料を準備するように指示があったが、突然この調査は打ち切りになった。
更に、平成4年3月以前に、既にミネベアによるミネベア信販の債務の「本保証」なり「保証予約」が先行していた可能性が極めて高い(相手方(原告)は従前「有価証券報告書」の注記を信用して、ミネベアの保証は平成4年4月以降であると主張してきたが、その後の調査によって、右の事実が判明した)。
そうすると右に述べた調査が中止されたのは、既に「本保証」なり「保証予約」がなされていたからだとしか考えられないが、そうだとすれば右調査の中止を指示したのは、申立人(被告)らであるとしか考えられないのである。」
と具体的に主張したが、被告らは、被告準備書面(二)においても、新たに提出した疎明資料においても、抽象的な「言い訳」をするのみで、具体的に、いつ、どこで、どのような検討をなし、どのような手続きを経て、誰に対して、保証なり保証予約をするに至ったのか、全く主張することも、疎明することもできない。
一部の金融機関に対し、無原則に保証予約なり、保証なりを開始すれば、結局全ての金融機関に対して保証せざるを得なくなり、その結果、ミネベアが、ミネベア信販に生じた全損害を補填せざるを得なくなることは、見易い道理である。そのなかで、「補填」の形態が貸付金であろうと、出資であろうとそのようなことは枝葉末節であり、出資の段階でどのような「検討」をしようと、所詮遅いのである(そのことは、本件増資引受が、自主的に立案されたものではなく金融機関に「要求」されて行われたものであること、取締役会の検討の資料として提出された疎乙第5号証が、全く実情にあわないお粗末なものであることにも如実に示されている)。
従って被告がいうような、ミネベア信販の再建が可能であるのか否か、再建が可能であるとしてミネベアはどのような支援をなすべきであるのか、あるいはなさざるべきなのか、整理せざるを得ない場合はどのような手段をとるべきなのか、整理の場合、ミネベアはどのような支援をすべきなのか、あるいはなさざるべきなのか、各金融機関に対してどのような譲歩を迫るべきなのか(これらの検討の際、「商号の共通」「取引銀行の共通」「親会社の子会社に対する出資金の無価値化等」も、考慮すべき一要素ではあるが、被告らの主張を見ると、「ミネベア」と冠するだけで、親会社は何百億円もの負担をせざるを得なくなってしまうが、これはあまりに非常識である)等々については、正に保証や保証予約を開始するに際して行うべきことであったのであり、ミネベア社内で行われつつあったそのような検討を中止させて独断専行して保証や保証予約を行った被告らの責任には重大なものがある。
疎乙第20号証の陳述者瀬上氏が、平成5年2月になっていくら汗を流そうと、既に勝負はついているのである。
2 株主代表訴訟をめぐる最近の状況を見ると、上場企業をめぐる事件においては、おおむね担保提供を命ずる決定がなされることが多いようである。勿論それぞれの事件にはそれぞれの事件の特質があるわけであるから、これを一般化するわけにはいかないだろうが、少なくとも一部上場企業の取締役会においては、事前に(少なくとも社内において)十分な検討、討議がなされ、十分な情報が開示された上で、決議がなされるからであろう。
しかし本件においては、上場企業としては全く希有な例であろうが、被告らの独断専行により、保証予約や保証がなされたものであり、先行する事例とは全く内実を異にすることに留意されなければならない。
3 ところで被告は次のように述べる。
「ところが、原告は、問題とする平成4年当時から本件増資引受の取締役会決議がなされた平成5年6月当時にかけて、子会社のミネベア信販の再建に再建の見込みがなかったことを基礎づける合理的な主張や、親会社の保証及び増資引受にあたって子会社を清算ないし整理する目的であったことを基礎づける合理的な主張を一切行っていない。もちろん、事実関係からしても行い得ないのである」(準備書面(二)7頁)
前段について言えば、少なくとも被告らがなした保証及び増資引受のみでは、「整理」という結果しかもたらさなかったが、保証(予約)を先行させず、金融機関と精力的に交渉すれば、ミネベア信販の「再建」も可能であったかも知れない。
後段について言えば、被告らの主張するとおりであり、被告らは「親会社の保証及び増資引受にあたって子会社を清算ないし整理する目的であった」のではなく、被告らのミネベア信販の経営の失敗を「親会社」に転嫁するだけの目的で、保証及び増資引受がなされたのである。
四 「提訴の不当目的」について
1 原告は訴状で述べたとおり「6ヶ月以前より引き続き、訴外ミネベアの株式を1000株保有する株主である。なお原告はミネベアの代表取締役であった故高橋高見の次男であり、ミネベアの発行済み株式総数の17.02%にあたる6619万9000株を保有する株式会社啓愛社エヌ・エム・ビーの発行済み株式総数1180万0271株の8.47%にあたる100万株を保有する株主である」。
従って、原告はミネベアとの個人的な関係のみならず、株式会社啓愛社エヌ・エム・ビーを間に挟んで(ミネベアの株式を560万7000株強を保有していることになるので)、ミネベアの経営状況によってその保有する株式会社啓愛社エヌ・エム・ビーの株式の資産価値が大きく左右される立場にあることからもミネベアの経営に重大な関心を持っているのであり、単に1000株を有するだけ株主にとどまるものではない(勿論、株主代表訴訟を提起するには「株主」であれば足り、原告がミネベアの株式を1000株しか保有していないにしてもその権利行使が制限を受ける理由はないが)。
2 また、被告は、被告準備書面(二)第一、五、五において、懲りもせず乙14ないし18について「現経営陣に対する経営手腕に関係しない感情が伺われるとする」とするが、そうであれば、そこに登場する現経営陣は全員取締役会決議に関与しているから本訴の被告にするはずで、そのうち石塚氏のみが被告であるのは、「感情」とは無関係にその経営責任を追及している証左である。
3 更に同2に、被告らは、原告は「ミネベアの取締役やその他の職員でもない」とするが、株主代表訴訟は「取締役やその他の職員」が提起するものとでも思っているのであろうか。
また、請求金額の180億円が、被告両名にとって「支払い不可能」とするが、被告両名はミネベアに少なくともそのような損害を与えたのであってその責任が極めて重大であることに思いを致すべきである。通常であれば、その経営する会社が「倒産」状態になれば、経営陣は、私財を投げ出してでも会社の「救済」をはかろうとするのではなかろうか。しかるに被告らはそのようなことは全く行わず、全面的にミネベアの資産を流用したのであって、被告らが責任を問われるのは、あまりに当然である。
勿論、被告両名は執行可能な範囲で責任をとればいいのである。
四 その他の申立人(被告)らの主張について
1 被告らは、原告が記者会見を行い、あるいは雑誌のインタビュー記事に応えたことをあれこれ言う(被告準備書面(二)27頁)。
このあたりの論述を見ると、被告らが一部上場企業の経営を行うことの責任について、全く無自覚であり、文字通り会社を私物化していたことがはっきりする。
なお、実際は新聞等は盛んに被告両名の見解を求めたが、被告両名がこれを拒否したため、その主張が掲載されなかったのである。
2 以上述べてきたように、本訴は今後、証拠調べを遂げれば正に被告らの責任が認められる蓋然性が極めて高い事案であり、原告が担保提供を命じられる理由は全くないが、それにしても被告らが法廷で述べた担保額は一人数百万円であったのが、準備書面(二)になると、総額3億6000万円になるのは、いささか見識に欠けるのではあるまいか。3億6000万円とさばを読めば、数百万円が認められるようなものでもあるまい。
●相手方(原告)の「証拠説明書」(平成7年8月30日付)
平成7年(ワ)第29号 取締役の責任追及請求事件
平成7年(モ)第64号 担保提供申立事件
申立人(被告) 石塚巖
申立人(被告) 幸正智
相手方(原告) 高橋信
平成7年8月30日
右相手方(原告)訴訟代理人弁護士 村本道夫
同 浜田弘幸
同 本田一則
同 水澤恒男
長野地方裁判所佐久支部 御中
証拠説明書
疎甲第4号証は平成7年8月24日に日経金融新聞に掲載された記事である。ミネベア信販の不良債権約100億円を今後ミネベアが償却すると報じられており、既にミネベア信販が償却済のミネベアの出資金90億円とあわせると、少なくとも190億円を超える損害がミネベアに生じていることは明らかである。
●申立人(被告)の「準備書面」(平成7年9月5日付)
平成7年(モ)第64号担保提供申立事件
申立人(被告) 石塚巌
ほか1名
相手方(原告) 高橋信
平成7年9月5日
右申立人(被告)両名訴訟代理人
弁護士 大江忠
同 大山政之
長野地方裁判所佐久支部民事部 御中
準備書面
相手方は、ミネベアに損害が発生したことを証するものとして疎甲第4号証を提出した。
しかしながら、そもそも債権償却は会計上の処理行為にすぎず、債権償却によって会社の現実に財産状態を変えたり、当該会社を倒産または清算に至らしめるものではない。申立人(本案被告)らがこれまで主張してきたように、ミネベア信販の債務を保証し増資引き受けを行ったことによってミネベアに損害が発生していない以上、その後に債権償却が行われても、ミネベアに現実に損害を発生させることはない。
しかも、疎甲第4号証には、「財務体質の改善が目的」、「連結純利益は予想を上回る公算が大きい」等々と記載されているように、今回の債権償却の措置は、ミネベアないしミネベア・グループにとって体質を強化改善するのに大きく貢献するものとして報道する記事である。したがって、申立人(本案被告)らの注意義務の観点からするならば、疎甲第4号証は申立人(本案被告)らに注意義務違反の事実がないことを裏付ける証拠となりこそすれ、申立人らにとって不利な証拠となり得るものではない。
よって、相手方の疎甲第4号証に関する証拠説明は全く失当である。
以上